2011年

5月

22日

危機意識

今日、また揺れた

千葉で震度4との事

 

本来、自然の中に身をおけば、日常は危険がいっぱいで、常に危機意識をもった状態で生きていかなければならないはず

都会育ちの私が湯河原へ引っ越してきて一番感じた事は、自然は厳しいという事

 

山に入れば猿に遭遇。(家の庭にもやってくる)

家の中で2度もムカデに噛まれて顔がはれる

蜂にも刺されてるし農作業していてチャドクガにやられ、全身ぶつぶつ.....。(汗)

ほんとに手痛い思いを何度もするようになったが、それでも自然が大好きだ、という思いは年々増すばかり。

 

津波の怖さも痛いほど理解した私だけれど、それでもこの海からは離れられないとわたしは思う。

 

大好きな写真家、星野道夫さんは大好きな大自然の中で熊に襲われて命をおとした。

奥様は、「熊を恨むか?」と友人に聞かれ

「なぜ、熊を恨む必要があるの?」との返事をしたそうだ。

 

自然という場から、少しずつ隔離され始めた生活をおくるようになり、

この、常に持ち続けていた、危機意識、というものが薄れ始めているのを時々感じる。

 

頻繁に起こる地震は、人間の心の奥に眠ってしまった危機意識を呼び戻すきっかけになるのではないのかな、と期待している。

地震大国日本だけど、わたしはやはり日本が大好き。

 

息子は、「本能で逃げる。」そんな事を言っていた。

そうだよね。そうそう、本能だよ。

 

大事なのは、危機意識をしっかりと身に着けて、そして自然の中で生かしていただいているという感覚を取り戻すこと。

それが戻ってくれば、いろんな事が、

 

好転していく。

 

と思う。

 

 

 

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2011年

5月

02日

どう逃げるのか

海の町湯河原では津波の心配はつきない。

先日ご紹介した片田敏孝氏の教えは大変役にたつと、ほんとに感じました。

 

片田敏孝:東日本大震災「想定外」にいかに備えるか

 

 

文中より

 

「まずは校庭に集まる」という悠長なことをせずに、それぞれバラバラに逃げた。これが津波から逃れる上での原則とのこと。

 

ポイントは三つ

 

まずは「想定にとらわれるな」ということ。実は、鵜住居小学校と釜石東中学校はハザードマップの外にあります。子どもたちに初めてマップを見せると、彼らは「よかった!」と言う。僕はすかさず、「これは一つの状況想定にすぎず、この次の津波はマップの通りに来ない。喜んではいけない」と、徹底的に話しました。

 

次に教えたのは、「その状況の中でベストを尽くせ」ということ。ベストを尽くしても自然の猛威の前では人間は無力で、命を落としてしまうこともある。しかし、人間にできることはベストを尽くすことだけなんです。

 

もう一つ、僕が話したのは「率先避難者たれ」ということ。他人の命ではなく、自分の命をとにかく最優先で守れ、という意味です。そして、それがそのまま他の人を誘導することにつながる。災害が起こったときには、いわゆる集団同調性バイアスと呼ばれる現象が起こります。つまり、誰もが「逃げなきゃいけない」という意識を持ちながら、「今がそのときだ」とは思えない。人々は不安な気持ちの中で「どうしよう、どうしよう」と戸惑います。そんな矢先に、誰かが飛び出していくと、みんな一斉に逃げることができる。だから「君が自分の命を守ることは、みんなの命を守ることにつながる」と、僕は常々伝えてきました。

 

 

 

実は先日、湯河原中学校で防災訓練をやりました。

湯河原中学校は海にせり出すように立っています。

そして明日にでも起こるかもしれないと言われる神奈川県西部地震が来れば、揺れと同時に津波が来ます。

学校の対応としては

まずは校舎3階に避難。

そこで津波警報が解除されるまで待機。

解除されたら避難所へ移動。

防災訓練もこの手順で行われました。

 

息子と、もしもの時はどうするか、との話をしました。

すると息子は

 

「先生の指示を無視して、とにかくすぐに逃げる。全速力で高台まで逃げる。」

との返事だった。

「でも高台の手前には川があるよ。津波はすぐにきちゃうよ。」

「それでも、校舎に留まれば命の保証はない。死ぬ気で走ればもしかしたら助かる可能性もある。」

と、考えているそうだ。

 

留まる事が正しいのか。

とにかく行動する事が正しいのか。

それはその時になってみないと分からないと思う。

そして、700名もの集団が一斉に校舎から飛び出せば、それだけでもパニックになるだろう。

その時が来たとき、どうするべきかは、一人一人が考えるしかないのかもしれない。

 

校舎は大丈夫かもしれないし、だめかもしれない。

 

でも、迫りくる恐怖に対してなんとか行動しようとする姿勢は大事かもしれないとも思った。

そして息子の考えは、もしかしたら片田敏孝氏の教えに大変近いのかもと思ったり....。

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2011年

4月

29日

今まで考えてこなかった防災の事

友人に片田敏孝さんの事を教えてもらいました。

 

小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない

 

防災教育の大切さを今回の大震災で本当に学びました。

防災教育がもっとしっかりしてれば、多くの命が助かったのかもしれない、と思うと、やりきれない気持ちでいっぱいです。

 

海の町、湯河原に住んで9年近くなる。

湯河原の過去の震災状況、そして、今後起こりうる地震の事。

今まで何も知らなかった事に、本当に気付かされた。

 

実家は藤沢ですが、海から5キロほど入ったところなので大丈夫だろうと思っていましたが、近くに川が流れていて

大津波がくればこの川を上ってきて、川周辺は浸水する可能性もある。

という事もわかった。

 

グーグルのFlood Maps

 

今まで本当に何も知らない、考えてこなかったんだという事にショックをかくせない。

そして町計画も、過去の災害を考慮にいれないままなされていたことに驚きをかくせない。

 

特に湯河原町は、災害が起こった場合、海側の道は通れなくなり、山側の道も通れなくなり

陸の孤島となる可能性が高い。

町全体で防災を考えていかないといけないのだと思う。

 

この震災を風化させないように、これからの生き方に反映していかないといけないのだな、という事を本当に感じています。

 

 

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2011年

4月

24日

子供の命を守りたい

神奈川県西部地震の震源地は

早川から真鶴半島先端を経由し、初島まで伸びています。

この地震が明日にでも来るかもしれないと言われています。

そしたら地震と同時に津波が来ます。

海沿いの湯河原中学校の生徒たちは逃げる事もできない状況です。

のんきな事を言っている場合ではなく、早くなんとかしてほしいな。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110422-00000974-yom-sci

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2011年

4月

13日

今後の南関東地震被害想定

神奈川県のホームページに、地震被害想定調査が掲載されていました。

大変参考になります。

やはり、湯河原町で注意すべきは神奈川西部地震の様です。

震源地が非常に近い事から、被害が拡大する恐れもあるのかもしれない。

西部地震の海水浴客の死者数は湯河原が最も高いそうだ。

死者数や家屋倒壊数など、かなり細かい数字がでているが....どういう基準で割り出した数字なんだ、と疑問も残る。

津波浸水予測図を見ると、南関東地震よりも西部地震の方が、浸水率が高いようだ。

それにしても、関東大震災の時に鍛冶屋の東海道線ガードまで浸水したという経験があるにも関わらず、低い予測だ。

堤防やら、津波対策をしているから大丈夫という試算なんだろうか。

 

どっちにしろ、被害想定の引き上げの声が上がっているので、近い将来改訂される事と思う。

 

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2011年

4月

13日

関東大震災、湯河原の記録

関東大震災

関東大震災とは、192391115832秒、神奈川県相模湾北西沖80震源として発生したマグニチュード7.9関東地震による地震災害である。

津波の発生による被害は太平洋沿岸の相模湾沿岸部と房総半島沿岸部で発生し、高さ10m以上の津波が記録された。山崩れや崖崩れ、それに伴なう土石流による家屋の流失・埋没の被害は神奈川県の山間部から西部下流域にかけて発生した。

揺れの様子を細かくみると、本震による強い揺れは、30秒から1分間位続いたものと推定される。神奈川西部では5分目頃に強い揺れが襲ったことが分かってきた。断続的なマグニチュード7クラスの強い揺れで被害が拡大した。翌年1月15日の丹沢の余震まで、合わせて6つのマグニチュード7クラスの地震が発生した事から、最低半年間は大きな被害を出す可能性の余震に対する備えが必要である。

湯河原町での被害状況をまとめました。


家屋倒壊

土肥村(宮上、宮下、門川、城堀) 総戸数610戸、全壊172戸、半壊156戸、合計329戸

吉浜村 総戸数605戸、全壊304戸、半壊298戸、合計605

福浦村 総戸数160戸、全壊25戸、半壊111戸、合計142

特に被害が集中したのは、門川地区、2件を残し、ほとんどの家がやられ、死傷者も多かった。

福浦、川堀は地盤が固く、被害が少なかったが、崖崩れなどを起こした個所もあった。

吉浜村では新築したての吉浜小学校が倒壊。盛り土であったため校庭が波打ち、地割れ発生

宮下の五所神社上の地域は地盤が堅く被害は少なかった。

 

地震による被害状況

土肥村、総人口4,615名、潰死28名、不明9名、合計37

吉浜村、総人口3,725名、潰死38名、不明3名、流死1名、合計42

福浦村、総人口1,116名、潰死20名、合計20

 

崖崩れ

幕山が大崩壊してくずれた土砂が新崎川上流・紅葉の渡場付近で流れをせき止め、周囲約1町(約110m)深さ約20尺(約6m)の池がにわかに生じた。その後の度重なる豪雨などで、池は消滅しました。

 

津波

岩村、真鶴、吉浜、福浦を津波が襲い、特に真鶴の被害が大きかった。

吉浜海岸は地震が起きて間もなく海水が増加し、一時は県道まで海水が上がってきた。(第1波)しかしすぐに減水して遠く2町(約220m)余り水が引き去った。その後、10分もしないうちに津波が押し寄せ(第2波)、堤防を乗り越えた波は吉祥院の屋根を越えた。津波は道沿いの家の、屋根の下あたりまで来て、60戸あまりが流失。新崎川を上がって行った波は、鍛冶屋の東海道線のガード付近まで行きました。水が引くとき、ゆっくり引いたので、家は流されませんでした。急に引いていたら、流されていた事でしょう。

また、吉浜海岸は地盤が隆起して、現在のような広い砂浜になりました。

 

津波は海底の地形の激しい上下振動が海面に同程度の凹凸を生じさせ、これが波となって伝わり、海岸近くの浅いところで高さを増して押し寄せてくる。大きな津波の先端部のスピードは毎秒10mにもなるので、逃げるのは難しく、破壊力も大きい。また、非常に短い時間で津波が来るわけで、津波警報は間に合いません。関東大震災では海嘯が、第一震と同時に起こったものの如くであったと言われている。また、第一波よりも第二波の方が大きかった。

湯河原町の津波は比較的小さかったと言われていますが、鎌倉で10m、熱海で12m、房総半島の相浜で9.3mと、甚大な被害をもたらしました。

 

 

参考資料

関東大震災その時、西相模は 著/横山正明

写真が語る湯河原今昔 発行/湯河原町立図書館

郷土湯河原II 湯河原町教育研究会編 発行/湯河原町立図書館

湯河原と津波 発行/湯河原町立図書館

関東大震災 ウィキペディア日本語版 

他、

 

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2011年

4月

11日

たまりきった状態なのか?

神奈川西部地震切迫性が指摘されながら、いまだ発生していない理由。

 

箱根の群発地震が神奈川県西部地震を遅らせている

 

文中より。

大震災から既に八十五年が経過したが、温地研は「発生が遅くなる分、より大きな地震になる危険性がある。ひずみの蓄積が群発地震で一時的に止まっても、長い目で見ればひずみはたまり続けている」と指摘

 

 

 

そして東海地震も1000年に1度のより大きな地殻変動を起こす地震になりうるかもしれない

 

東海地震は予想より大きなものとなる?(2007年9月4日付朝日新聞記事より)

 

 

とりあえずしばらくの間

枕元にスリッパと貴重品を置いて寝よう。

 

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2011年

4月

11日

津波浸水予測アニメーション

津波浸水予測アニメーション

 

南関東地震

神奈川県西部地震

神縄・国府津-松田断層地震

元禄型関東地震

 

と4パターンのアニメーションを見る事ができます。

とりあえず明日来るかもしれない、といわれている地震は、神奈川県西部地震

南関東では70年周期で大地震が来ると言われているらしいですが、関東大震災が1923年。とうに70年の周期を越えている。

今日起こってもおかしくない状況です。

地震発生直後に湯河原に津波が来ている事が分かる。

どのような防災対策をとっていくべきか、考えなくてはならない。

 

関東大震災の湯河原町の詳しい資料もまとめ次第、載せたいと思います。

 

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2011年

4月

10日

防災対策

現在、湯河原中学校は海沿いにたっています。

今回の大震災をきっかけに、防災面は大きな課題として早急な検討が必要な状況になっています。

 

2年前に湯河原中学校は海沿い校舎に移転した、という経緯があります。

その当時、当然保護者の中からは津波の心配の声はあがりましたが、行政と対立し、結局はあきらめてしまった、という経緯がありました。

思えば今回の大震災がなければ、正直、私自身もあまり地震についての意識は低く、同様に、移転には反対だけど、行政と争う気はない、ぐらいの気持ちでした。

 

ですが今回の大震災で、”予想以上の被害が起こる可能性がある”という事を知ってしまった以上、なんとかしなければならない、子供たちを守るにはどうしたらいいのか、という事を考えていかなければ、

おそらくは湯河原町事態が、このままでは衰退していく。

子供を守れない町が、発展していくわけがない。

そんな状況に今おかれているのではないか、と危惧しています。

 

まず何をしたらいいのか。

過去の文献を調べてみました。

湯河原町も関東大震災の時には津波の被害を受けています。

具体的な被害状況の把握、将来起こりうる地震の可能性。津波の可能性をさぐる事がまず大事かと思います。

いろいろ資料を探すにつれ、恐ろしい現状が見えてきています。

知らないとは恐ろしい。

まあいいかで、子供たちを海沿い校舎に移転させてしまった、私達大人の責任はとても重い、と、あらためて感じています。

 

そのうち文献をまとめて、できるかぎり皆様にお配りしたいと思いますが、まずは簡単にここで紹介したい。

下記の内容は湯河原町を基準にています。そして、今回の大震災の前に出された情報であるため、数値はいたって低いと考えた方が無難と思われる。

 

 

将来起こるであろうと言われている西湘地区の地震には5種類あります。

 

東海地震

南関東地震

神奈川県西部地震

神奈川県東部地震

国府津ー松田断層帯地震

 

東海地震

今もっとも話題となっている浜岡原発問題もからみ、30年以内に起こる確立86パーセントと言われている

震度6が予想される。

この地震による津波到達時刻予想29分。最大津波高さ予想0.6m

 

南関東地震

関東大震災の再来型100年から200年先には地震の発生

震度7が予想される。

この地震による津波到達時刻予想3分。最大津波高さ予想5m

 

神奈川県西部地震

南関東地域直下の地震として、地震発生の切迫性が指摘されている。震度7が予想される。

この地震による津波到達時刻予想6分。最大津波高さ予想4m

 

 

この数値から見えてくること。

南関東地震が来た時には、津波到達が3分と予想されている。西部地震でも6分だ。

つまり、逃げられないと思った方がいい。

津波警報はまったく意味をなさない。

もし授業中に地震が発生したら、校舎にとどまるしか方法はない。

学校の前には幅広の国道が走っており、ここを渡る事がまず難しと考えられる。

しかも左右を川に挟まれた地形になっており、関東大震災の時に津波が川を沿って上がってきたことを考えると、逃げるには駅方向にまっすぐ向かうしかない。かなりの距離、走らないと高台へは行かれない。

避難する事でかえって危険を招く恐れもあるのかもしれない。

はたして、3階建ての校舎が津波に耐えられるのか、まるごと津波にのみ込まれる可能性はないのか?

そう考えるとただただ恐ろしくなるだけ。

 

どう防災対策を取っていったらいいのか、ただただ頭を悩ましてしまう現状があるのみです。

言うまでもないが、一番は早急に校舎を安全な場所に移転する事。

そして、現在の校舎は県から借りているという状況で、1~2年後に購入を検討している。

町は計画に変更はなく、購入を検討しているとの事。

 

心が痛いです。

とりあえず下の娘は今5年生。

2年以内に引っ越しを検討中。

同じことを考えいる保護者は結構いるのではないかと思う。

このままでは、町から若い世代が離れていく。

なんとかしてほしい....と願うばかり。

 

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